ぴろの狂人日記

2014年から頑張ってブログを継続しようと思います。「継続と習慣」を今年の目標にしたので、頑張って更新を続けようと思います。おいおいはレビューや数学や認知科学などについて記事を書いていければと思っています

恩師という言葉について

サッカーの本田圭祐がACミランに入団したというニュースが流れている。

こういうニュースがあると、恩師へのインタビューなどが決まって放送される。

ふと自分にとっての恩師とは誰だろうかと考えてみた。

そもそもとしてどのような人を恩師というのかが未だによくわからない。自分にとって重要な意味をもっている人だろうか。

自分が今まで生きてきた中で重要な役割を果たした人は何人もいる。そのどれもが同じくらい重要なので、その中から一人を選ぶというのは難しい。
そういう意味では、恩師という特別な一人を選ぶことはできないし、一方でどの人も重要な恩師である。

また恩師という事で、誰か特別な誰かを指すのであれば、それ以外の人は重要であるが恩師ではないということで、それはそれで失礼な気もしてくる。
やはりどの人も自分にとっては重要な存在であったからだ。

恩師という言葉の定義についてはともかくとしても、やはり自分にとっては重要な役割を果たした人物というのは何人かいる。

まずは中学校の頃の塾の数学の先生だ。自分が数学に興味をもつきっかけを与えてくれた重要な存在だ。その先生は当時はまだ大学院で数学を専攻している学生だった気がする。しかし私にとって先生であることにはかわりない。
その先生は、数学の問題に対して、エレガントな解法から、あえて複雑な解法までさまざまなアプローチからの解法を紹介してくれた。論理的でさえあれば、どんなに自由に発想をしてもよい、むしろいかにユニークな発想をして問題をエレガントに解くかといったことが非常に楽しかった。ただ、「論理的でさえあれば」という部分は当時は表面的にしか理解していなかったが。
また、数学的にデリケートで先人がさんざん議論してきたような根本的な問題についてもエピソードなどを紹介してくれ、普段直観的に当たり前と思っていることにすら、いちいち疑問をもち議論を重ねているという、ある種の滑稽さも興味をひいた。
受験勉強についてはもちろん、そうでないことについてもいちいち先生に質問をしていたりもした。

そんなこともあってか、卒業を祝う会で、それぞれの先生が印象に残った生徒に先生賞という賞をくれるのだが、その先生から一番数学に興味をもったということで賞をもらったのは印象深い。

そういう訳で、数学に興味をもつことに影響を与えたという意味で重要な存在だ。


次が、高校のときの数学の先生だ。

当時私はお世辞にも数学が得意とは言い難かったが、数学のデリケートな部分の問題について授業時間外でも積極的に質問をぶつけていた。その場で即答はできないこともあり、回答を用意してくれてきたり、職員室の先生も巻き込んで相談してくれたようである。
とりたててエピソードのようなものはないのだが、「そういうデリケートなことをやりたいのであれば数学科へ進学すれば」と背中をおしてくれたということが重要である。もっともその頃には、すでにいろいろ調べ数学科へ進学することは決めていたのだが。


最後は数学とは関係ないのだが、高校大学時代と習っていたヴィオラの先生である。

高校入学時、音楽経験が全くないのにも関わらず、オーケストラ部に入部した。その部活はプロのトレーナーなどはいなく指導などは先輩やOBなどが行っていた。少なからず音楽の経験があり、しかも器用な仲間と比べて危機感を感じていた自分はレッスンをつけることにした。

レッスン生の年齢は幅広く、子供から大人までおり、なにか簡単な曲でもいいから弾きたいという程度の人もいたが、そんな中で音階、ボーイング、エチュードを中心にかなり基礎的なことをみっちりやって頂いた。

基礎を固めて頂いたというのも重要だが、練習の教材や練習の方法を教えてもらったということで、そういったノウハウは廃るものではないものを教えてもらったので、重要な時期だったと思っている。


冒頭に述べたように重要な人物は他にもいるが、その中で特に重要な人物を上げるとすれば、今の自分の形成にかかわっているという意味で以上の三人が恩師だと思っている。