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ぴろの狂人日記

2014年から頑張ってブログを継続しようと思います。「継続と習慣」を今年の目標にしたので、頑張って更新を続けようと思います。おいおいはレビューや数学や認知科学などについて記事を書いていければと思っています

『おおかみこどもの雨と雪』

先日、『おおかみこどもの雨と雪』をみました。

おおかみこどもの雨と雪(本編1枚+特典ディスクDVD1枚)

すごいいいお話でした。

今回みてみて初めて知ったのですが、話は、タイトルにもあるおおかみこどもの雪ちゃんが、親のどうやって育てられたかを語っていくという形式で進んでいくんですね。

しかも、母と父のなれそめのくだりは、かなり前半の方だけでまとまっているんですね。このあたり、とくにセリフもなくBGMと映像だけで進んでいくので、テンポがよくてよかったです。

その他、考えたことを書いてみようと思う。

おおかみと人間の両面性

母親である花は、雪と雨がおおかみこどもであることから、都会での生活に限界を感じ、田舎へ引っ越そうと考え始めます。

そんなとき、ふと、狼と人間どちらで生きていくか、こどもたちにたずねています。多分、その場では特に返事を期待して質問をしたわけではないと思いますが。

今回の場合は、狼と人間だったので、どちらか選ぶ必要があったような気もしますが、これが狼と人間ではない場合はどうでしょうか。例えば職業とか肩書きなどです。

自分は現在フリーターなので、大したことは言えないのですが、いろいろなビジネスの記事などをみていると、現代ではなにか職業や肩書によって枠でくくってしまうことがなにかリスクを伴っているというような話も目にします。

例えば、エンジニア兼デザイナー兼研究者とか。プログラマ兼プロジェクトマネージャ兼コンサルタントとか。自分はエンジニア方面に興味があるので、例が偏ってしまいましたが、その他例をあげるとするなら、例えば政治家兼弁護士とかいますよね。医者兼作家とか。医者にしたって、複数の専門をかけもちしている方もいらっしゃるのではないでしょうか。

自分の尊敬している石井裕先生はこんなこともいっています。

今回は狼と人間だったので、両立というのは難しいので、どちらかを選ぶ必要がありました。いや、もしかしたら両立していく方法もあったのかもしれませんが、わかりません。

なぜ、難しいかといったら、人間界の側で狼と共に生活していくという常識がないし、狼人間なんていう存在がいることすら知らないからです。そんな状態のところに、ただの狼が入るだけでも混乱するのに、狼人間なんて入っていけるはずがありません。

今書いたように、共生ができないのは受け入れる側に、準備ができていないからです。心の準備ですね。

そういう意味では、もし自分がなにかを受け入れる側になったときに、なにか自分の中にない観念などを受け入れるときにも、安易に拒絶するのはよくないかなと戒めにも感じました。

不安や弱さについて

最終的には兄妹それぞれ別の道を歩むことになります。姉の雪は人間として、弟の雨は狼として。

幼い頃の様子が、雪は虫や獣を恐れずとても活発で、雨はその逆だったので、意外な結果。

小学校にあがってから、雨は授業も上の空で、徐々に学校へ行かなくなります。そのかわり山へ入り、狼と共に行動しいろいろ学び始めます。

学校に初めて登校するシーンにしろ、授業が上の空であることにしろ、初めから学校に興味がなかったような気がします。

なんで興味がなかったんんだろうか、と考えてみると、それは不安だったからではないかと思います。

先ほど書いたように、雨は、雪とは対照的に虫や獣などは苦手としていたし活動的ではありませんでした。

そういう意味で、「自分は人間であると同時に狼でもあるのに、どうしてこうなんだろう」と不安を抱えていたのではないかと思います。それは狼という側面としての自分が居場所を上手く獲得できないことへの不安です。狼としての自分という一つの側面ではありますが、どうやって生きていくかという死活問題だったから、学校の授業には興味がなかったのだと思います。

では雪は不安はなかったのでしょうか。

雪は学校で、転校生から、なんとなく他の人と様子が違う、と言われてしまいます。それから、転校生をなんとなく避け始めるのですが、ある日追いつめられた拍子に一瞬狼となって、転校生を怪我させてしまいます。

ここで、親が呼び出しをされます。帰り際、今まで親から狼の姿を出さないためのおまじない(魔法ではなく、自己暗示みたいなもの)を教えてもらって、狼の姿を出さないようにしてきたのに、そのおまじないが効かなかったと泣いてしまいます。

このシーン結構重要だと思うのですよ。

雪は雪で不安を抱えていたのだと思います。

なぜ泣いてしまったのかというと、今まで人間の世界で居場所を獲得しようと努力してきたのに、狼の姿を見られてしまったことと、相手に怪我をさせてしまったことで、居場所がなくなるのではないかと不安になったからではないでしょうか。

雪は幼いころは非常に活発だったわけですが、では雪は狼としての不安は克服し、次の段階として人間の世界での不安に向き合っていたのでしょうか。

それとも狼と人間のステージの違いという問題ではなく、雪と雨のそれぞれの志向の問題でしょうか。

そのあたりはよくわかりません。

その他

その他に印象に残っているシーンがあります。

まず、雨が「先生」と呼ぶ狼が、もうすぐ死んでしまうから、自分が代わりにならなければならないといったとき。母の花が「雨はまだ10歳で、狼でいったら一人前かもしれないけど、人間だと。。。」と言葉が淀んだシーン。

花は狼としても人間としてもどちらの選択肢も尊重して育ててきたつもりではいたのでしょう。でも、言葉が淀んだ瞬間に、無意識に人間を中心にして扱っている自分に気づいて言葉を継げなくなったのでしょう。

これもなかなか耳の痛い話で、どの選択肢も尊重してはいるつもりでも、無意識にどれか一つの選択肢、あるいは視点で相手を枠に嵌めてしまっていることも結構あるような気がします。気をつけなければいけないなと思いました。

次に、大雨がきて、学校に生徒それぞれの親が迎えにきて下校するシーン。

花も家から迎えに行こうとするのだが、一方で家にいた雨は山のことを心配して、山に向かってしまう。そこで、雪を迎えにいくのではなく、雨を追って山のなかにはいっていきます。

これは、雪も迎えに行かなくてはいけないのだけれど、雪は待っている人なので、どこかへ行ってしまう心配はない。しかし一方で、雨はこのまま二度と会えないような気がしたから、雨を追うことにしたのでしょう。

次に、学校にて、学校の先生が全員帰宅したか見回りに来たシーン。

転校生草平と雪は教室の机の下に隠れるのですが、見回りが去ったあとに、雪の「なんで隠れたの?」という質問に対し、返事はしない。

これはなんで隠れたんだろうか。そしてなぜ返事をしなかったのだろうか。雪と一緒にいたかったから?

そして雪の「狼であることの告白」。それに対し、「最初から知っていた」と草平。

なんだろう。こういう決定的な秘密だとか、あるいはコンプレックスを抱えていても、それを含めて受け入れる、受け入れてくれるっていう関係は憧れるな。こういうシーンは泣ける。